統合失調症の回復は、寛解の先にある自立だという考えもあります。
僕は日によって体調が変わりますが、自分の部屋の掃除も親任せ、金銭管理も親任せ、
全然自立などできていないので、まだまだ回復の道は遠いのでしょうね。
カテゴリー: 統合失調症とは。
治療とは。
僕は友人に、統合失調症の症状の話をよくします。
担当医にも話さない事をよく話します。
担当医の前に診察してもらう時には、メモを書いても、その友人に話す事以上に自分の症状を話せないのです。
それは病気の治療を遅らせる事になるのか、担当医は、僕の顔色を見れば、大体の事は分かるよと言ってくれていました。
誰かに自分の症状の話をただ、聞いて貰う事も治療の一助になっている気もします。
だけれども、担当医には話さなければいけないなと思いました。だって、担当医は僕に合った薬を処方してくれているのだから。
生きる価値。
「もっと現実を大切にした方がいいですよ」。
友人の言葉だ。現実を大切にするってどういう事だろうか。
精神的自立が出来て、経済的自立も出来て、一人でだって生きられるという事を実感できるようになる事だろうか。
だけど、僕は周りに助けられて生かせて貰ってる身。
支援がある生活は、非現実という事なのだろうか。
生きる意味を考える事が大切なように思われる。
自分のやっている事の本当の価値を考えよう。
それが現実に繋がるのならば。
人によって態度変わるのは……。
家の外と中で態度が使い分けれるなんて、ホントはあんた統合失調症じゃないらー」、母の言葉です。
違うよ、我慢してるんだよ。家族だから、言える言葉ってあると思うんだよ。
だから、お母さんだけはそんな事、言わないで欲しいんだ。
会話の達人。
僕は時々、ひどくまとまりのない話をします。
それは、緊張のせいかと思ったのですが、「ひどくまとまりのない会話」というのは、統合失調症の症状だったようです。
会話は人を判断する一要素だと思っています。
会話の達人になりたいな。
不安
仕事が能力的に出来ない事も、多々あります。
それを認知機能障害と言いますが、それ以上に、一般の仕事に就く事に不安を覚えてしまっていて、
一般の仕事に踏み込めずに、周りの環境に甘えてしまっている事があります。
気持ちの持ちよう
統合失調症と言う病気は、昔から比べると大分、陰惨さが薄れてきたように思われます。
今では「統合失調症を持ちながら、元気に社会の一員として生きる”リカバリー(回復)”を目指そう」とする動きが強まっているそうです。
僕は人に比べて少し楽観的なところがあるので、そう言う意味では、統合失調症を持ちながら、ある意味”回復”の一途を辿っているのではないでしょうか。
だから僕的には、この先も幸せに暮らせるのではないかと夢想しております。
昔のアルバイトをしていた時の上司にも「気持ちの持ちようくん」と呼ばれていましたし……。
統合失調症がTwitterのトレンドワードに上がった話。
統合失調症は100人に1人の割合で疾病する精神障がいです。
統合失調症は脳の病気なのです。
統合失調症というワードが先日、Twitterのトレンドワードに入っていました。
僕はそれを統合失調症の当事者の人達がTwitterで色々な活動をしているからだと思ったのですが、数人の知人には、「何か事件でも起こしたんじゃないの?」と言われました。
統合失調症はまだまだそんな程度の認知のされ方しかされていないのだなと、少し寂しい気持ちになりました。
統合失調症の理解と社会的認知を深めて貰えるように、当事者本や小説を書いています。
今日見た夢。
夢を見た。それはあたかも 現実のような。
僕は電話ボックスにいた。
9桁の数字を7つまで押した。
あと2つ……。だけどあと2つの番号を僕は知らない。
そこで目覚める。世界はまた変わらなかった。
統合失調症当事者の抱える環境。
統合失調症を抱える人の環境っていうのは、ある種 特殊なものであるような気がします。
それは 健常の人から見たら非常にも見えるかもしれません。
それを意識しながら生きていかなければならないということも知りました。
周りの環境に甘えすぎていてはいけないのですね。