統合失調症と私。

私は生まれてから高校卒業まで、愛知県豊川市に住んでいました。
小学生の時は、てんかんだった為、服薬していた薬の副作用で歯茎が腫れていて、「グキボン」というあだ名を付けられ、悲しい少年時代を過ごしました。
そのあだ名を付けた級友は何故かガンジーというあだ名でした。

僕が統合失調症になったきっかけは、大学時代を自主製作映画に捧げた挙句に留年し、周りの環境が変わったのが原因か、それとも当時流行っていた絵画詐欺に引っかかったストレスが原因なのか分からないですけれど、体調不良で大学を中退し、実家に連れ戻され、統合失調症と診断を受けたのが、24歳でした。
発病当時の僕は、家族の体の中に別の人間が憑依しているという誇大妄想があり、家族に怯え家に引き籠っていました。そして毎日聴こえてくる幻聴に苦しんでいました。
それでも、病気を隠していくつものアルバイトをやってはみたものの、やはり体調が優れず、すぐに退職を繰り返していました。
そこで母は僕に働く能力が無いと言い、僕はアルバイトを禁止され、父にはそれは怠けだと言われ、毎日悲しい日々を送っていたのですが、福祉の勉強をしていた姉と友人のお陰で、自分で統合失調症の勉強を始めるようになりました。
姉は一番の理解者で、僕が幻聴が聴こえると、「それはあんたの頭の中だけで聴こえてるだけの言葉だ」だとか、聴こえる幻聴で「誰かがこんな事言った」と言えば、「あんたに興味持ってる人なんか一ミリもおらんわ」とサクッと簡単に切り捨てるのでした。
それでも、何故かそんな姉の言葉を聞くと、僕は安心していました。
そうして今現在は、家族や周りの方々の温かい理解の上で、穏やかな日常生活を暮らしています。

作成者: 逢坂 純

逢坂 純(おうさかあつし):統合失調症当事者。 私は統合失調症という精神障がいを抱えています。 20年経っても、病気は徐々に回復してきてはいますが、 それでも毎日、幻聴や被害妄想に苦しめられています。 統合失調症を甘えや我儘だと言う人もいますが、 統合失調症は脳の病気なのです。 僕は創作活動を20年前からやっていました。 そのお陰で、統合失調症という精神障がいを少しでも緩和出来ていたのかもと今では思います。 統合失調症の世界観で描かれた小説、そして統合失調症の当事者本を出版しています。 尚、逢坂 純(おうさかあつし)という名前はペンネームです。

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