東日本大震災の時、僕は。

障がい者年金の事で、統合失調症になってからの自分を家族の記憶を頼りに、書き出す作業をしました。
そこで、僕は東日本大震災の時は、何をしていたんだろうかと思い、ちょっと調べてみました。自分の記憶というのは、あまりにも不確かで、自分の記憶では、家に引き籠っていた最中で、創作活動を仕事にしたいと、コンクールなどに原稿を送っていたと思っていました。
どうしてもプロになりたくて、震災から一、二年の間に年間10本の作品をコンクールに送っていたと記憶していました。
自分本位で自己中で、震災の事よりも自分の事で精一杯だったと記憶していました。
しかし、実際は震災は、僕が作業所に通う二年間前の出来事で、その頃は、青森の友人と電話をして連絡を取り合っていた時期だったのです。
その青森の友人は、被害は大したことなく、
僕はその友人のお陰で、家族と自分とで統合失調症の勉強をして病気の事の理解を深める事が出来、その友人の勧めで作業所にも通う事が出来ていたのでした。
僕はもっと非情な人間だと思っていました。僕は震災の時に、被災者に何もする事は無かったけれど、確かに自分の事で精一杯だったかも知れないけれど、自分の人生を真剣にその友人と家族と一緒に見つめ直し、懸命に生きていたのだと、分りました。
テレビの中の震災の風景は、僕にはリアルに感じる事は出来ずにいて、今がチャンスと年に10本の作品をコンクールに送っていた事は確かに記憶にあります。でもそれ以上に、自分の将来を考えていたんだと、その当時を振り返るとそんな自分を発見できました。
これまでは、自分の記憶だけを頼りにして、その事がトラウマになっていました。
今回、自分の事を振り返る事が出来て本当に良かったと思います。

作成者: 逢坂 純

逢坂 純(おうさかあつし):統合失調症当事者。 私は統合失調症という精神障がいを抱えています。 20年経っても、病気は徐々に回復してきてはいますが、 それでも毎日、幻聴や被害妄想に苦しめられています。 統合失調症を甘えや我儘だと言う人もいますが、 統合失調症は脳の病気なのです。 僕は創作活動を20年前からやっていました。 そのお陰で、統合失調症という精神障がいを少しでも緩和出来ていたのかもと今では思います。 統合失調症の世界観で描かれた小説、そして統合失調症の当事者本を出版しています。 尚、逢坂 純(おうさかあつし)という名前はペンネームです。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です