これは障がい者健常者関係ない事なのかも知れないですが、物事を成し遂げるには、周りの理解や協力が多分に必要なんだなと最近、特にそう思うようになってきました。
それは具体的な援助とかそういうのとかと違って、助言だったり、ヒントだったりをくれたりだったりで。
障がい者の自己実現って、その過程が大事で、それがその当事者の成長に繋がるみたいな事だったり、当時者が本当に実現したい事じゃなく、そこからちょっと段階を緩やかにした実現可能な自己実現だったり、お茶を濁す感じに結局、なってしまっていたり。
だけど、それでも本当に親身になってくれる家族以外の人の理解だったりあったりして、僕はそういう意味では、真剣に僕の自己実現に向き合ってくれている家族、周囲の人に感謝しないといけないなと思っています。
真剣に事に向き合ってくれる人の頭のなかには、もしかしたら障がい者か健常者かなんて関係無いのかも知れないです。
兎にも角にも周囲の理解と受容と協力に感謝ですね。
東日本大震災の時、僕は。
障がい者年金の事で、統合失調症になってからの自分を家族の記憶を頼りに、書き出す作業をしました。
そこで、僕は東日本大震災の時は、何をしていたんだろうかと思い、ちょっと調べてみました。自分の記憶というのは、あまりにも不確かで、自分の記憶では、家に引き籠っていた最中で、創作活動を仕事にしたいと、コンクールなどに原稿を送っていたと思っていました。
どうしてもプロになりたくて、震災から一、二年の間に年間10本の作品をコンクールに送っていたと記憶していました。
自分本位で自己中で、震災の事よりも自分の事で精一杯だったと記憶していました。
しかし、実際は震災は、僕が作業所に通う二年間前の出来事で、その頃は、青森の友人と電話をして連絡を取り合っていた時期だったのです。
その青森の友人は、被害は大したことなく、
僕はその友人のお陰で、家族と自分とで統合失調症の勉強をして病気の事の理解を深める事が出来、その友人の勧めで作業所にも通う事が出来ていたのでした。
僕はもっと非情な人間だと思っていました。僕は震災の時に、被災者に何もする事は無かったけれど、確かに自分の事で精一杯だったかも知れないけれど、自分の人生を真剣にその友人と家族と一緒に見つめ直し、懸命に生きていたのだと、分りました。
テレビの中の震災の風景は、僕にはリアルに感じる事は出来ずにいて、今がチャンスと年に10本の作品をコンクールに送っていた事は確かに記憶にあります。でもそれ以上に、自分の将来を考えていたんだと、その当時を振り返るとそんな自分を発見できました。
これまでは、自分の記憶だけを頼りにして、その事がトラウマになっていました。
今回、自分の事を振り返る事が出来て本当に良かったと思います。
目に見えない価値は努力と似ている。
世の中の見えない部分は、本当に光は当たらないのか、と考えていました。サンテグ・ジュペリ作『星の王子様』では、「本当に大切なものは目には見えないんだよ」と言っています。地球に降りて来た王子様と砂漠に不時着した飛行士のお話です。
目に見えないだけじゃなくて、見方を変えれば、それは目に見えて光の当たる場所に自然と招かれるのではないかと僕は思っています。王子様の住む星にいた一輪の薔薇を、王子様は美しいと思い、大切にしてたけど、地球では同じ薔薇の花壇がありました。けれども、それは大勢の薔薇であって、王子様が星に残してきた薔薇の事を愛すれば、それは王子さまにとって、唯一無二の薔薇になるというのです。見方を変える事で、大切なものが僕にも見えてきました。
今日も頑張れそうです。
統合失調症患者の喫煙率。
統合失調症の人は喫煙率が高いそうです。一説には、統合失調症の症状を煙草を吸う事で、抑える事が出来るとか出来ないとか。
僕はつい三か月前まで、3年間煙草を辞めていました。どうしてまた吸い始めてしまったのかは、その理由はあまうり把握していないのですが、作業所に通っていて、お昼がコンビニという時があったんです(いつもは、配達弁当なのですが)。それでお昼のコンビニの混雑時に、僕はレジの順番待ちで並んでいました。目の前には、煙草の陳列棚がありました。番号が振ってあるレジ内の煙草とはまた別に。僕はジッと煙草を黙って見つめていました。ジーっとジーっと。
多分、その時作業所では、新型コロナウイルスの為に、色々な規制が掛かっていたんだと思います。食事は男女別で黙食をするとか、月に一度のレクリエーションが中止、などその他色々な制限です。そのお陰で、僕はストレスが溜まっていたんでしょう。つい、フラッと陳列棚の煙草を手に取ってしまいました。煙草を吸っていた時期には、最後の方はわかばを吸っていました。煙草の値上げ前でしたので、当時は230円ぐらいだったかな?破格の安さでした。お金が無くて、漫画本やCDを売って、そのお金で煙草を買っていたと思います。ビニール袋に灰皿から捨てた吸殻のシケモクをゴミ箱を漁って吸っていた事もありました。それ程中毒で、もうそんな事はやりたくないと思いながらも、フラっと煙草を買っていました。
それから三か月、僕は再び禁煙をしています。理由は何だったのか、原因はなんだったのか、もう忘れてしまいましたが、あんなに中毒だった煙草が今度はすんなり辞める事が出来ました。
このまま吸わない日々が続きますように。
統合失調症という霧の中。
僕、本当はここにはいないんです。そう思う時が、しばしばあります。それは文筆をしている時や、幻聴が何か言ってる時だったり。
その幻聴は何を言ってるかって?僕の聴こえる幻聴には主語が無いんです。
「やっぱり駄目だったか」とか、「任せるんじゃなかった」とかネガティブと捉えようとすれば、ネガティブ幻聴が聴こえてくるのです。
僕の事を言っているのでしょうか。僕は駄目な人間なんでしょうか?僕には重荷となる任務だったんでしょうか?それとも僕の事なんか一言も言ってないんでしょうか。
どれにも当てはまりません。だって、それは幻聴なのだから。冷静になれば、すぐに分かる筈の事です。でも統合失調症の真っ只中にいると、その当たり前の事が、分からなくなっちゃうんです。
だから統合失調症なんです。
統合が失調しているんです。
自分だけでは、どうにもならないんです。
家族の助けが、周りの優しい人の助けがなければ、僕は嘘の霧の中を徘徊してばかりいるのです。
だから、週二回、メンタルクリニックにも行くのです。だから、頓服が必要なのです。
助けを斯うのです。
統合失調症という甘え。
統合失調症で孤立している人、ある一定数います。それは家族からの理解がされていない統合失調症当事者も含むのだと思います。家族が当事者に理解が無いと、どういう不都合が出て来てしまうのでしょう。
僕は場合は、以前の父がそうでした。
僕が家にいて何を言おうが、何を訴えようが、無視でした。母は腫物を触るように、僕を家の中に閉じ込めていました。
今はそんな事は、ありません。
家族一同で、統合失調症を勉強して、父は僕に外へ出るようにと、畑を市から借りてくれました。
母は、僕が社会生活をちゃんと送れるように、これはやったらダメ、あれはやったらいいと、指摘してくれることが多くなりました。僕も始めはそれを鬱陶しいだけだったのですが、時が経って、母の言っている意味が分かってきて、素直に母の言う事を受け入れられるようになりました。
作業所に通っていた時期には、雨の日は車で送ってくれました。毎日3食、作ってもらいました。それを甘えととる人もいるでしょう。でも、僕にはその時、その援助が必要だったのです。
父母がいなくなった時、ぼくはどう生きられるのだろうと、思っています。
知り合いの社労士さんは「精神障がい者の人は、お金が無くたって、結構生きていけるものだ」と仰ってくれました。
その言葉のお陰で、どれほど救われた事でしょうか。
甘えでしょうか?病気になってしまった事は、もうこの際、なってしまったんだから、しょうがないと思うしかありません。
僕は自分の病気をフル回転で利用し、生きていこうと決めました。
だから僕は今、統合失調症作家を名乗って作家活動をしています。
作家という生き物。
友人はよく本を読みます。自分の興味の沸いた統合失調症に関しての、学術書みたいなものです。そして友人はよく哲学をします。その考えを見て、なるほどと思う考えもあれば、思わず笑っちゃうようなへんてこりんな考えもあります。
だけども、それが本当の作家なのかも知れないとも思います。
彼自身の哲学を書き記す事で、それを知らない人は、彼の事を常識人だと思うでしょう。
だけど、僕は知っています。彼はとてつもなく超個性を持った変人だと。
これ、その友人が見たら、怒るかな?
怒られたら、消せばいいかな?
実のなる木。
僕が通っているメンタルクリニックの診療には、バウムテストという診療法があります。
それは一枚の紙に、実のなる木を描くというテストです。
只、テストだからと言って、いい悪いがある訳ではなく、その絵を見て、精神科医の先生が僕の脳みそがどういう風に機能しているかを図る為の絵なのです。
絵が巧いとか下手とかではなく、その時の僕を表す、鏡のようなテストです。
僕が書いた昔とちっとも変っていないように見えるその絵を、見ながら先生は、回復していると言ってくれました。
その絵にどんな意味があるか、僕には分かりません。
只、回復に向かっているという事は確かのようです。
空を飛べるように。
僕が入っている統合失調症当事者グループ『そんな自分が、すきゾ!』には、統合失調症を抱える仲間がいます。
最近はその仲間たちとも会えていないのだけれど、何かの機会にまた、話せたらいいな、と思っています。
LINEの通話グループは聴話で調和を生むというだけあって、とても受容をされているなと思う事が沢山あります。
時に、無言が長く続く時にも、自分が相手と繋がれている感覚を覚え、とても気持ちが休まります。
僕が立ちあげたTOYOKAWA・統合失調症LINEグループ[Brds]には、まだ僕一人しかメンバーがいません。
というのも、僕がまだ[Birds]の巣立ちは出来ていないからです。
だけれど、刻一刻と僕の中では、巣立ちの日を迎える為の準備をしています。
僕は僕なりのやり方で無事巣立ちの日を目指しています。
ちゃんと空を飛べますように。
秋の夜長に早く寝る。
仕事が終わって、一息吐いたら、何だか眠くなってきて、2時間ぐらい眠ってしまっていました。
最近は、夜10時ぐらいに寝る事が多くなってきて、以前までは9時には寝ていたのが、すっかり遅くまで起きているようになってしまいました。
これもまた、回復期にある事なのでしょうかね。
善しといたしましょう。