僕の頭の中だけで起こっている事。

自分は変人だと思ってる人は、そんなに変人では無いか、それとも相当の変人かのどちらかだと思います。
変人だと言われている人ほど、結構、社会の荒波に揉まれて、常識をキチンと身に付けている人が多いような気がします。
僕は自分の事を何の面白味も無い平凡な人間だと思うのですが、聴こえてくる幻聴には、他の人と真逆を行っていると言われます。
幻聴の言う事ですから、それは僕の頭の中だけで起こっている事実ではない、けれども僕には事実と思ってしまうところが、幻聴、妄想の厄介なところだと思います。
もっと幻聴に褒めて貰いたいです。
そうすれば、もっと生きやすくなるのにな、と思うばかりであります。

統合失調症×メタバース。

統合失調症で高校6年生(20)のVtuberもりのこどくさんは「もりのへや」というメタバース空間を開いています。
そこにもりのこどくさんは、出席していませんが、そこには数多くの統合失調症の当事者の方々が集まってきます。
そこで、当事者の方々は、色々な事を語り合うのでしょうか、もりのこどくさんが出席されていなくても、お互いに共感や気付きを得る事で満足して帰っていきます。
僕は先日の「もりのへや」の抽選に外れてしまったのですが、それほど、統合失調症の当事者は、当事者同士、繋がっていたいのだと思います。
僕が参加している『統合失調症LINEグループ「すきゾ!」』でもそれは同じだと思います。

統合失調症の僕というフィルターを通した世界観で書いた作品。

「還り道」という小説を書きました。56篇からなる長く美しい夢のような物語に仕上がりました。
この作品は、以前からブログに書き溜めていた800文字短編小説263篇の中から、56篇を選び、構成して書きました。
統合失調症の僕というフィルターを通して描かれた物語となりました。
『還り道』の大きなテーマは、生きる・夢の中というものです。
この作品を書くのに、モチーフとして使った二つの中国の故事成語があります。
『邯鄲の夢枕』、「胡蝶の夢」という故事成語です。
邯鄲の夢枕という故事はどういう話かと言うと、
立身出世を目指して都へ向かう魯迅という青年が、途中で立ち寄った茶屋で、道士から栄華を思うままに出来るという枕を貰い、魯迅はそこで少しばかりうたた寝をして、都へ向かいます。魯迅は、栄華を思うままに出来る枕を貰った事で、それから50年かけて立身出世をします。そして年老いて、眠りに就きます。そこでハッと目が覚めます。そこは立身出世を目指し立ち寄った茶屋で、うたた寝する程の時間しか経っていなかったという故事成語です。
そしてもう一つ、胡蝶の夢という故事成語があります。夢の中で蝶になった夢をみた荘子が、今のは自分が蝶になった夢を見たのか、それともそれとも蝶が人間になった夢を見たのかと考えるという故事成語です。
この二つの故事成語が、物語を書く上で、物語により深みを与えてくれたのだと思います。
最近の社会は、何処か現実味を帯びていないような感覚を僕は捉えます。
生きている実感を得る為の自傷行為や無差別殺人、現実だけれど当たり前の現実ではないのです。
だからこそ、この作品に夢、そして生きるというテーマを持たせたのです。
それによって、56篇の短編小説とも詩とも言い難い作品が、大きな意味を持たせる事が出来たような気がします。
先ほども言いましたが、僕はこの物語を、統合失調症である自分のフィルターを通して、描いたつもりでした。
しかし、読者からは、統合失調症でなくても、共感出来るという感想を頂きました。
この作品を多くの方に読んで貰いたいです。
そして共感を持ってもらいたいです。
それが僕の病気の最高の障がい受容になるように思っています。
どうぞ、この『還り道』を色々な人に読んで頂きたいです。

統合失調症と創作活動

大学時代、自主製作映画創りに没頭していた僕は、大学時代から映画やテレビドラマの脚本家を夢見て、創作活動をしていました。
統合失調症と診断されても、僕は執筆活動を辞める事はしませんでした。
その当時の僕の執筆作品と言ったら、家籠りで経験も浅く、病気のせいでやけに毒々しい作品ばかりを書いていまいた。
しかし、その行為は精神疾患を持った人が動物を飼って病気の回復を促す動物セラピーのように、僕は創作活動をして自分の病気を無意識的にリカバリーさせていったのです。
そうして20余年、ずっと創作活動を続けて来ました。
今も幻聴や妄想などの統合失調症の基本的な症状は続いています。
しかし、今の僕にとっては、創作活動は誰かに共感を届けたいという気持ちで書いています。
そうして僕は統合失調症作家と自分の事を名乗り、統合失調症の僕でなければ書けない作品を書いていきたいと思っています。

統合失調症と私。

私は生まれてから高校卒業まで、愛知県豊川市に住んでいました。
小学生の時は、てんかんだった為、服薬していた薬の副作用で歯茎が腫れていて、「グキボン」というあだ名を付けられ、悲しい少年時代を過ごしました。
そのあだ名を付けた級友は何故かガンジーというあだ名でした。

僕が統合失調症になったきっかけは、大学時代を自主製作映画に捧げた挙句に留年し、周りの環境が変わったのが原因か、それとも当時流行っていた絵画詐欺に引っかかったストレスが原因なのか分からないですけれど、体調不良で大学を中退し、実家に連れ戻され、統合失調症と診断を受けたのが、24歳でした。
発病当時の僕は、家族の体の中に別の人間が憑依しているという誇大妄想があり、家族に怯え家に引き籠っていました。そして毎日聴こえてくる幻聴に苦しんでいました。
それでも、病気を隠していくつものアルバイトをやってはみたものの、やはり体調が優れず、すぐに退職を繰り返していました。
そこで母は僕に働く能力が無いと言い、僕はアルバイトを禁止され、父にはそれは怠けだと言われ、毎日悲しい日々を送っていたのですが、福祉の勉強をしていた姉と友人のお陰で、自分で統合失調症の勉強を始めるようになりました。
姉は一番の理解者で、僕が幻聴が聴こえると、「それはあんたの頭の中だけで聴こえてるだけの言葉だ」だとか、聴こえる幻聴で「誰かがこんな事言った」と言えば、「あんたに興味持ってる人なんか一ミリもおらんわ」とサクッと簡単に切り捨てるのでした。
それでも、何故かそんな姉の言葉を聞くと、僕は安心していました。
そうして今現在は、家族や周りの方々の温かい理解の上で、穏やかな日常生活を暮らしています。

一番、気を付けている事。

今日、ある方から言われた事がありました。
病気を発症してから、一番気を付けている事は何かという問いかけでした。
その人は、統合失調症でも、一人暮らしをしている方なのですが、毎日健康を保つために、栄養のバランスのある食事を摂る事を一番に気を付けるとの事でした。
僕は親と同居なので。栄養のバランスの取れた食事は毎日、食べさせて貰っているのですが、僕が一番に気を付けたい事は、身だしなみだと思っています。
お風呂に毎日入るとか、鼻の毛が出ていないかチェックするとか。
毎日、髭を剃るとか。
僕はお風呂に入るのも、毎日髭を剃るのも、結構大変な事だと思っています。
でも、小さな事ですが、大切な事ですよね。

親亡き後に。

調子が悪い時は、ついネガティブになりがちです。
僕は今、40代半ばなのですが、親亡き後の事をそろそろ考え始めないといけないと思っています。
精神の障がいを持っている人の中では、既に精神的自立は元より、経済的自立もしている人が多くいます。
そうでは無い僕は落ちこぼれでしょうか?
知り合いの方が仰るには、精神障がい者は、お金が無くても、何とか生きていけるよと、言ってくれます。
障がいを持った人が、無理なく生きる、それは我儘でしょうか。
精神障がい者への理解という我儘でしょうか。
自問自答しても、答えは分かりません。

偏見を持っていたのは、僕の方だった。

偏見を持っていたのは、私の方でした。
統合失調症は、馬鹿ではないし、回復してくれば、運動も勉強もあらゆる事が出来る。
僕は出来なかった。でも、他の当事者の中には、易々とそれを成し遂げている方もいらっしゃる。
知り合いの社労士さんには、自分は障がいを持っているけれど、まず自分を一番に救う為に、社労士になったという人がいます。
僕も何かと病気を言い訳にして、チャレンジしてこなかった事が沢山あります。
それを乗り越える事こそ、本当の努力というのでしょうね。
同情など欲しくない、その割には僕は統合失調症という病気を楯に毎日を生活しています。
駄目ですねー、そんな自分に反省です。
無意識にそんな自分になっている自分がちょっと問題です。
出来る事は出来る、出来ない事は出来ないとはっきりとした毎日を送りたいと切に願います。

統合失調症当事者の恋愛。

健常者の友人に言われました。
案外、障がい者の恋愛、結婚は難しくはないものだよと。
且つて、統合失調症の恋人と付き合っていた友人が言いました。
僕は結構、恋愛も結婚も諦めていました。
恋愛も結婚もお金が掛かるからです。
案外、お金が無くても、楽しい恋愛って出来るのかも知れません。
あの映画を観たい……、だけどあの映画はあの子とじゃなきゃ面白く観れない。
だけど、あの子はあの映画のシリーズは、全く興味がない。
こんな考え、障がい者じゃなくても考える事ですよね。
だから、案外障がい者の恋愛も上手くいくのかも知れないと思うのです。
お金が無ければ、公園を散歩したらいい。
外に出たくなければ、LINEで通話したらいい。今は昔程、当事者の恋愛を助けてくれる場所が沢山あるような気がします。
そんな事を考えているのは、僕だけで当事者の友人知人の皆は、結構、恋愛を楽しみ、結婚をして癒しの場を手にいれているじゃないか、とも思う訳で……。

エナジーヴァンパイア。

どうやら、僕には人を疲れさせたり、苛々させる気質があるらしいのです。
姉には、「エナジーヴァンパイア」と呼ばれていました。
エナジーヴァンパイアとは、その当人は元気に元気いっぱいに周りに明るさを振り捲き、お喋りをし、コミュニケーションを取り、喋り、動きして楽しむのですが、周りの人はその力に引き寄せられて、疲れてしまうという事らしいです。
僕の知り合いの方に僧侶の人がいるのですが、その人は、僕のそのような本質を見抜いていて、僕にエナジーヴァンパイアにならないようにする方法を指摘して下さいました。
心を無にする、これはその人に教わった事ではないのですが、僕はその知人の指摘を受けて、心を無にすればいいんだ、欲を持ってもいいけれど、欲しがるだけじゃなく、人に与えられる事が出来るような人間になりたいと思いました。
それは物質的なものだけではなく、精神的なものの方が、大きいのだとも思いました。
中々実行出来ないかも知れませんが、見返りを求めず、人に与えられる存在になりたいです。