統合失調症=怖い、というイメージは大分、払拭出来ているんじゃないかと、最近思います。けれど、自分の思っている妄想などを、いざ人に話すのは、結構勇気が要る事のようにも思えます。昔僕がやっていた事は、統合失調症の症状を冗談のようにして言う事でした。例えば、誰もが僕の事を知っていて、僕の考えてる事が皆に全部、垂れ流しに流れているという妄想の場合は、「この部屋、盗聴器付いてる?」とか言ったり。
まあ、普通の神経の人から言ったら、そのどちらも異常でおかしな事のように思われるかも知れません。だけれども、僕はその時、周りの人に怖がられたくなかったのです。そう思う一心で出た言葉が、「この部屋、盗聴器付いてる?」だったのです。僕が幻聴の事を「ぷっちょ」と可愛く呼ぶのと同じ発想です。
カテゴリー: おしらせ
このサイトは、TOYOKAWA・統合失調症LINEグループ [Bar’s]の活動報告と共にグループメンバーを募集する為に作成されたホームページです。
朝型人間、晴れたら外に出て深呼吸を。
最近は、もう夜の9時には、寝られるようになりました。夜型よりも朝方の方が、太陽の光を浴びる事が出来て、健康に良い事は勿論、統合失調症にも良いようです。
でも最近の僕は仕事を在宅にしてから、外に出る機会がめっきり減りました。作業所と変わらず、朝9時には業務開始なので、朝型人間は朝型なのですが……。
在宅で仕事を始めたのですが、在宅だからと言って、髭は剃らない、風呂にも入らない、
家に居ても髪やら服装やらをキチンとしていない。家で仕事をしていても、身なりや生活は、毎日作業所に通っていた時同様、いや、それだからこそキチンとしていきたいと思っています。今日は雨陽気ですが、晴れたら仕事の合間に外に出て深呼吸。頑張って仕事に励む事にします(無理なく)。
運は自分で引き寄せる。
運の引き寄せ上手、と唱える友人がいます。その彼は、運がいい人は、運の積み重ねが上手い人だと述べています。常にポジティブでいれば視界は開け、向こうから運がやって来るのだと言います。
運というのは、努力の結晶が実って、偶然ではなく、必然的に起こる当然だと僕は考えます。周りの人には、偶然に偶然が重なり、幸運に見舞われるのだと思っている人もいると思います。しかし、運はこれまでその人がしてきたコツコツと積み上げてきた努力が実力として裏付けされた必然の結果なのだと、僕は僕は思います。だから、僕は運が向いて来るのを只待っているだけじゃなく、その日の為にたゆまぬ努力をするべきだと思っています。その日を迎え入れる為にも、僕は毎日の努力を怠らないでいようと思います。
好きこそものの上手なれ。
好きな事をやるには、嫌いな事もやらなくてはいけない。人は昔からそう言うけれども、僕はそれについてはちょっと違う考えを持っています。好きな事をやる為にやる事って、それはもうその行為さえも好きな事なんじゃないかなと思います。好きな事の周りにある好きでは無い事も、すき色に染まっていくのではないかと思っています。好きじゃない事も、好きを夢中で極めようとするときには、全部、好きでいっぱいになっていくのではないかと。だから僕は、どんな事でも好きの一部分と考えて、何でも出来てしまうんじゃないかと思っています。好きこそものの上手なれ、という言葉、もしかしたら、そういう意味も内包しているんじゃないかと思います。
欲と自己実現と。
欲と自己実現とは、異なるものなのでしょうか。僕は自分で文章を書いて、表現したい。
それは多分、自己実現なんだと思います。
僕はkindle出版で販売している書籍が売れて、それも一冊だけではなくて、書いた本全部が売れたらいいなと思っている。それでもってその本の売れた収益だけで食べていけるようになりたい、それは欲ですよね。
どっちも大切だし、どちらも必要な事のように思います。欲の塊になってもいいとさえ思います。只、その為の努力をすればの話ですけど。その前向きな欲がやがて自己実現の姿を正に実現できるような気がするからです。
それには、作家がやるようなSEOとかSNSとかのなんたらかんたらでも、じぶんの欲とその先に自己実現の姿が待っているのなら、
僕はその為の努力を惜しまずやりたいです。
でも、頑張るのも(無理なく)でやっていかないと、頭が身体がへばってしまうのです。
だから、皆さん、どうかご無理なさらず頑張って行きましょう!
そんなに急がなくても、何とかなるよ
自身のメンタルLINEグループ統合失調症LINEグループ[Birds]を立ち上げ運営する為に、9月から今までの作業所を卒業して、新しい仕事を始めました。僕としては、今すぐにでも、このLINEグループを始めたくて、LINEグループのチラシも作ったのですが、相談員さんのストップが入りました。まあ、仕事を始めてすぐに新しい事を始めるというのも、あからさまに間違っているとは思いますが、仕事が疎かにならないようにとの相談員さんの僕の仕事に対する配慮なのです。以前、障がい者雇用でアルバイトしていた飲食店でも、創作活動を続ける事によって、本来の仕事が疎かになってしまい、辞職したので、それを自戒の念として、今回はじっくりと準備を進めていきたいと思います。
殺されるかも妄想。
最近、「僕、殺されるのかな?」妄想が酷いです。友人にはスピリチュアルに傾倒している人がいるんですが、その友人が言うには、「社会で普通に暮らしていて見えない部分の裏社会があるけれど、そういう目には見えないものも概してスピリチュアルと言うのだよ、霊的なものだけをスピリチュアルと言うのではないのだよ」と教えてくれました。僕は統合失調症を発症してから、この世の中の裏の部分をずっと身近に感じていたのです。
それは只の僕の妄想なのかも知れないですが、世の中の裏側というか社会の本質を見ているのだと思いました。
だから僕は殺されなければいけないのです。
社会の見えない部分を見つけてしまったから、殺されてしまうんです。自分の考えている事が(それは大体が妄想なのですが)、全
て嘘であって欲しいと思っているんです
おかしな話ですよね。
周りの人々が僕の幸せを作ってくれている。
友人が言いました。自分の幸せを作って行くのは、自分の環境だという事です。あ、それ僕も思ってた事だ、本当にそう思います。自分一人では幸せは作れない。周りの援助だったり、周りの人との、コミュニケーションだったり、知らず知らずのうちに助けられている事も多々あったり、そう思います。僕は大学の時、自分で自主製作映画のサークルに入りました。けれども、それだって、子供の頃から映画が好きで、アニメだけじゃなく、洋画邦画、小さい頃から親に連れられ、映画を楽しんでいたという、環境がそうさせたのです。他の友人はこんな事を言いました。過去の自分があって、今の自分がある、だから、今を精一杯に生きよう、と言ったのです。
過去の自分があって今の自分がある、その言葉を聞いた時、僕は過去の自分の沢山の失敗を思い浮かべました。失敗し、学んだ事を教訓にして日々の生活を送りたいものだと思いました。
ピア=仲間。
ピアと言う言葉は、本来は仲間という意味で使われていたようです。だから、どんな病気でも、例え病気でなくても、一つの事で繋がった関係はピアと言えるでしょう。うちの母もピアの関係をとても色濃く築けた人だと思っています。うちの母は、癌でした。初めは個室に入っていたのですが、泣いてばかりいる日々でした。それで大部屋の方が気がまぎれるだろうと、大部屋に移して貰いました。
そうすると、病室の皆も癌だったのですが、
皆とても明るい。母の涙も乾き、絶対に生きてやるという意志が湧いてきて、病室の皆と
色んな情報をシェアしてみたのです。
それだけではなく、誰かの誕生日には、誕生日ケーキを用意し、消灯時間が過ぎてから、病室の皆で誕生日をお祝いしたそうです。
母の第二の青春だったのかも知れません。
母の同じ病室の友人は残念ながら、亡くなってしまいました。でも、母は今日も生きています。
ピアトークの会。
昨日は、朝からピアトークの会というコミュニティイベントに参加してきました。
精神障害を持たれた人の集まりだったのですが、グループ別に別れてのテーマを決めてのお喋りをする会でしたが、僕のグループは自分がやっている創作活動を紹介するというグループでした。参加されている皆さんはとても素晴らしい創作活動ライフを送っていらっしゃり、それはもう趣味の域を超えたものまでありました。僕も人から感動を贈る事が出来る作家になりたいなと思いました。
と、楽しい3時間弱を過ごし、僕は家路に着いたのですが、人と話すのが久しぶりだったので、夜の20時くらいには、もう寝落ちしてました。
疲れたら寝る、それも大切です。
そして今の僕はそれが出来る。その環境にある事を幸せに思わなくてはいけないですね。